御精進

今年の黒石寺は、妙に暖かかった。
ただそれは、祭を見守る側にとってだけの事情である。

肌を刺すような雪、そこに裸で転げ落ちる男たち。
そんないつもの光景は嘘のように、本堂まではぬかるむ道を漕ぎながら進む。
蘇民祭は、今年も粛々と、伝統の灯を絶やさずにいた。

石段を下り、瑠璃壺の川瀬に、そっと片手を浸す。
外気からは想像もつかない痺れを覚えた。
これからここに沈み、これから水を浴びる男衆。
遠くから、ジャッソーの声が木魂する。
暖冬と言えど東北。厳寒の修練であることに変わりはない。

若者の祭になった、そんな気がした。
地元では、一週間前からの「御精進」がごく自然なものとして受け入れられているという。
肉も魚も鶏卵も、韮や大蒜も、そして出汁すらも受け付けない暮らしとは、
現代において異形そのものとさえ言える。
それを時代が違うと否定するのは容易だが、
この町の人たちは頑なに守り、信じ、生き続ける祭として伝承する。
これを越える精神性とは、何か。

普段は静寂を守る一山を、夜中、褌一つの若衆が大挙して進む。
照らす灯りの角灯はほの明るく、凛々しく締まった素顔は赤みを帯びる。
凍てついた石段、泥まみれの参道、古式に則った者は草鞋を履く。
一切の煩悩は去って、生きるということの重さを仏に問う。
この非日常を、我々日本人は忘れてしまったのではないか。

とかく東京のメディアは、この祭を「奇祭」と呼ぶ。
しかし、地元の人がこれをそう呼ぶのは、一度も耳にしたことが無い。

何がどう「奇」なのかと言えば、
見方によっては、古来から守られてきた我が国の芯の部分を置いて、
目新しさだけで世を啓発しようとする動きそのものではないか。

実直に、質実に、剛健に、遠い父祖から受け継がれた祭を受け継ぐ姿こそ、
奇の対をなす「常」ではないのか。
地域に生き、守り、育て、作り続ける彼らが
その暮らしの「常」に「御精進」を置いていることの重さを思えば、
軽々しく奇祭などと呼んでいけない。

岡山に西大寺会陽、愛知に国府宮裸祭と、
「奇祭」と呼ばれる風潮にある祭は多くある。
その共通項が「褌姿」であるが、
これを単純に「Naked Festival」と訳すことにも慎重でありたい。

異なる文化圏へのアプローチは、
その背景にある精神性への言及なしには成立しえない。

現世からの離脱のために、
彼らは「日常」の衣服を脱ぐ。そしてその正装が今、六尺褌である。

黒石寺蘇民祭において、激しい揉み合いによる不測の事故を受け
かつては褌の着用すら無かったという。
西洋的倫理観の流入、ひいては当局の指導により、
今では六尺褌の着用が義務付けられている。

つまりこの点のみで言えば、六尺褌は蘇民祭にとって伝統的なものでは無く、
「非常」を体現するためのシンボリックな衣服として
現代において選ばれた装束と言える。

「非常」は「奇」ではない。
氷の張った渕から幾度も冷水を浴び、
山を登り下る所作を繰り返すプロセスは、
六尺褌を締めて気勢を上げる段から、
潔斎のヤマ場への道を開いている。
「単に裸であること」以上の祈りが、ここには込められているのだ。

この瞬間、何ら、自らを守る術がない。
「極楽浄土」を「Pure Land」と訳すように、
この一人一人の「純真無垢(Pure)」な状態が、
極楽浄土へ到達した精神状態とすら私には思える。
彼ら「善男」は、ひたすらにPureを求めて、
なおも火を浴び、煙を吸い、極限の深夜に身体を追い込む。

それだけに荘厳で、思わず手を合わせてしまう祭、
それが蘇民祭の真髄。
多くの日本人が、忘れてしまった文化が、ここにはまだ残されている。
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