緊褌一番



「緊褌一番」と言う言葉を、聞く機会がおありだろうか。

過日、ふと手にした緑茶のペットボトルに
この四文字を見つけることができた。
俳句大会を主催していることで知られる、日本の清涼飲料メーカーのものである。

その紹介と解説に、果たしてどれだけの人が理解を示すことが出来ただろう。
口にすることの無い言葉の行く末は、儚いものだ。

褌を引き締め、緊張感を高めること。
この「褌」が日常着ではないのだから、
それを引き締めるという感覚は、生活様式からは想像しにくい。

もとより、褌の種類についても、理解が及ばないのが現実で、
今、よくある誤解は、越中褌のような下肢を覆い隠すタイプの下着で
「緊張感を高める」というもの。

禊などに用いられることの多い越中褌とは、
清浄を求めたいわば六尺褌の簡易版で、
結ぶものであれ、締めるものでは無い。

褌に「履く」「巻く」という表現はそぐわないが、
こうした表現の誤りを正す場面もない、という現実がある。

パンツ・アンダーウェアという外来の言葉では表現できない
独特の精神性を、褌は帯びていることに注意を払いたい。


ときに、六尺褌を締めた姿を
「勇ましい」「凛々しい」「逞しい」と感じる感覚は、
日本の文化を暗黙の裡に共有している証左とも言える。

パンツを穿いた裸身と、六尺褌を締めた裸身とでは、
なぜ、かようにも印象が異なるのか。
この感覚の違いは、先の「緊褌一番」に集約されるのである。

装飾を脱ぎ捨てるばかりでなく、
「引き締める」という行為によってその決意を視覚伝達された時、
当人のみならず、周囲がその思いを汲み取るのは、
他ならぬ固有の文化。

いま、ネット上に見られる褌を取り扱った幾つかのサイトが、
とりわけ「日本文化」に言及しておられるのも、
こうした文化的背景の欠損を危惧しておいでなのではないかと思う。

西洋的な文明・文化を取り入れながらも、
明治以前の元来日本人が備えていた精神性について、
しばし心を傾けていきたいものである。

https://youtu.be/_oZWw7LuXtE?t=3m46s
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