蘇民将来

大寒の暦めくるその頃、
みちのくの山懐を訪ねた。

「蘇民祭」は、岩手県に特異的に集中している。
その流脈は、かの高名な黒石寺蘇民祭に源を発し、
今ある数多の蘇民祭は、その祭儀に遡ると聞く。

近頃では、共にこの伝統を繋ごうと、
担い手の連携が進んでいるのだと云う。

現代でこそ、近代的な道路が整えられているが、
さながらその隠れ里は町場から離れ、
暮らしは深い信仰に根差したことは想像に難くない。

戸隠、熊野、
はるか西国の遠く離れた聖地の名を冠する社が
この集落に伝え守られてきたことに、
ただただ驚きを憶える。

およそ光と思しきは、提灯の照らす鳥居ばかり。
それでも一連の祭は幾多の善男善女を集め、
雪浅き冬とは思えぬ自然のステージを作る。
密やかな中にも、賑々しく執り行われるのが
この祭りの醍醐味である。

ささやかな露店に、温もりを宿すカップ酒。
まだ早い時間には子らが集まり、厄年の裸男たちが蒔く餅を拾う。

進行役を務める老人の、声は優しい。
譲りあい、支えあい、皆でこの福を分け与えることこそが重要、と促す。
この戒めこそ「真実の教え」
幾代にも同じように伝えられたであろう、その教示。

収穫から収奪へ、「まつろわぬ民」とされたみちのくの命は揺らぐ。
先人のたゆまぬ努力により、今でこそ穀倉地帯と呼ばれる東北だが、
ほんの百年程前まで、この地は稲作不適地であった。
新たな文化を受容する中で、今なお通底するのは「共に生きる」思い。
地域の使命を継承する、祭という名の文化である。

この集落は、所謂「義民」生誕の地である。
今、この事実を知る人は多くない。
身を挺し、村の人々の安寧を勝ち得た男。
時の権力に抗し、露と消えた男の霊魂は、
なお「黙示」として生きているのではあるまいか。

そんな山中に木魂するのは、この祭の将来を案ずる古老の言葉である。

決まって催される歌や踊りの舞台にも、寒風が吹き荒ぶ。
太鼓の打ち手も、新しい顔を迎えるには至らない。
ここにも、確かに人口減少の風が吹いている。
その轍を辿る人は、いつの時代にもどこかには現れるものだが、
時に人の願いは叶わない。

「せめて皆様の浄財を少しばかり」と古老はお道化て見せるが、
朽ち始めた本堂の屋根は、何をか言わんやである。

うずたかく積まれた組み木は炎を浴びて、伽藍を照らす。
それは生木と乾燥木の組み合わせであり、
かつてはもっともっと、高かった。
徒に伐採した木々ではなく、落雷によって倒れた木を用いている。
つまり、天に選ばれたご神木である。
来年以降に使う材木も、既に今、決まっている。

かつては祭を待つまでの間、人々は焚火をもって暖を取った、という。
今では許されないこと、と注釈を入れながら、
古老は若き日の祭の思い出を披露する。
連綿とこの繰り返しが、歴史を創る。
ただ、確かに時代は変わっていく。

頼もしいのは、それでも多い祭りの担い手の若さ。
感服する。

純白の晒木綿六尺をキリリと締め上げる。
晒一反の胴巻きを伴う、昔ながらの蘇民祭のいで立ちである。
この土地特有なのか、揃いの色布を首に纏う。
厄払行事の盛んな当地では、厄年連と呼ばれる同期の一団が存在感を放つ。

かたや黒石寺蘇民祭は、時にその様を奇祭と称され、
霊水を幾度も浴びる荒行に息をも呑むが、
闊達な若者たちが元気に気勢を上げるのはまた、趣を異にする。

揉み合う人いきれ、堂宇を埋め尽くす裸。
時が経つのを忘れるほどに、熱い争奪戦が繰り広げられる。
蘇民袋から小間木が弾け飛ぶと、参拝者も挙ってそれを奪う。
ただ、人々はこれすらも皆に分け与えるのである。

競って奪うのは、幸せを独り占めするのではなく、
皆に分け与えるための手段に過ぎない。
掌の小さな小間木が、一層重く感じた。

子々孫々に受け継がれる清らかな祭。
地霊とも呼ぶべき先人の思いよ、永久に。
0

この記事へのコメント