褌の肉体性



「鼓童」のツアーを拝見しました。
今期のポスターは、六尺褌姿の屈強な3人の若き奏者が印象的です。

休憩を挟んで、前編・後編の2つに分かれており、
前編は前衛的な、後編は伝統的な演目とされているようです。

しかし、伝統とはいえ、いでたちはいわば無国籍です。
6色の袴はそれぞれにキラキラと輝き、演目「鬼太鼓」で鬼の面は途中外され、
舞台上で鉢巻をかぶり人間へと変わります。

上半身裸なのも、佐渡の伝統的芸能である「鬼太鼓」とは無縁のものと思います。

表現が正しいかどうか、
伝統をフィーチャーした、という形から、
伝統にインスパイアされた、という形への変貌を私は感じました。

全体的な印象としては、もはや新しい表現集団への転換を図っているように感じます。
それは、日本の伝統を踏襲したものから、さらに世界の舞台を意識した
独自の世界観の確立です。

変わらないのは、大太鼓・屋台囃子を打つ衣装「六尺褌」。
ここまでそぎ落とされたシンプルな衣装は、
他に代え難い最高の衣装といえるでしょう。
そもそも、この姿での太鼓演奏事態が、決して伝統的なものではないということを申し添えて。

様式美への昇華を図る中で、しばし戸惑いがあるのも事実です。
新たに作られた様式が伝統的なものとして根付いている中、
オーセンティックな様式の基準としてあった鼓童が、
むしろそれを目標としてきたアマチュアの人々に影響を与えないか、
それは危惧するところです。

これだけの力量を持つ太鼓集団であればこそ、
侘び寂びの境地にも似た「シンプルさ」にむしろ美を感じたものですが、
その姿は今、最後の演目に集約されています。

静々と登場し、後ろ向きのまま立ち去る奏者にも
かつてとの違いを見て取ることができます。
筋骨隆々の体だけは印象深いのですが、その表情が見えず
立ち向かう気迫や気概が背中の筋肉を通じてしか伝わりません。
どうも若い奏者には気の毒な気もします。

体躯を誇示したポスターも、
これは実際の演目での一場面ではありません。
あくまでの、奏者の美しい体つきを誇示するものです。

褌というツールが一貫して鼓童のキーワードとして存在し、
それでいて精神性を脱し、肉体性のみを訴求するものへと
演出上変貌することが、心配のひとつでもあります。
もとより、「褌を締めなおす」という言葉には、
気持ちを高め心を高ぶらせるという精神的な意味づけが為されていますから。

鼓童の更なる飛躍を心より祈念して、結びとします。
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六尺褌のルーツ

褌のルーツには、諸説あります。
六尺褌のように、締めこむ所作を省略し、
また布の長さも簡略化されたものが日本では発展しました。

中でも特に簡素化されものが「越中褌」などですが、
これは越中国で生まれたとも、越中守を名乗る武士が考案したとも言われています。

さて、大元となる「締め込み」とは、一体どこからやってきたのでしょうか。

布で下腹部を覆うものは、世界各地に存在しています。
西洋であれ、東洋であれ、原初的な作法としての布または葉・革の使用は
特に珍しいものではありませんが、
日本文化の成立の経緯を踏まえて、ポリネシアなど南方伝播を示す見解があります。


台湾の先住民族(現地では原住民と表記されている)として、
「達悟族」と呼ばれる人々がおられます。
「蘭嶼」と呼ばれる島嶼地域に住まい、舟を巧みに使う海洋民族で、
その伝統的衣装は、まさに「六尺褌」そのものです。

彼らの伝統的舞踊芸能に「勇士舞」があります。
男子が二人組になり、手を携えて踊ったり、
または勇ましい身振り手振りを交えながら演舞します。


台湾は少数民族の文化保全に積極的で、
それを継承する動きが見られます。

この姿を見ると、日本の六尺褌そのものではありませんが、
近似性を感じるのが自然です。

もっとも驚かされるのは、
ここで歌われる旋律と歌詞に、確かに聞き覚えのある一説があるのです。
北海道の「ソーラン節」です。

「ヤーレンソーラン」のリフレインとともに、
その「近しさ」は確信にも至ります。


かつて彼らの祖先が舟を漕ぎ、
あるいは新天地を求めて日本に辿り着いたとしたら、
現代の日本文化の深層に眠るのが、その船出だったのかも知れません。

夏は赤フン

画像

画像は、ポリエステル100%の布地です。
滑りの良い生地であるためか、やはり「ねじり」が安定しません。
ほどけるのも容易く、とてもお勧めできませんね。

褌が愛される過程で存在しないものですから、無理もありません。
実はこれ、青森のねぶた祭りの「たすき」用に売られているものなのです。

六尺褌のための生地はありませんが、
「木綿100%」をお勧めする理由がここにあります。
(もっとも、ここには正絹・縮緬という歴史もあります)


祭礼では専ら「白褌」が主流ですが、「赤褌」もまた、粋なものです。
和太鼓芸能集団「鬼太鼓座」の東京オリンピック招致イベントでの
「紅白」取り合わせは、見事なものでした。

白褌のみの「静粛・厳粛」に華やかな一面が添えられて、
祝祭性をいっそう醸し出す舞台。
まさに日本の美学を集約した景色です。

「赤フン」という言葉も近頃めったに耳にしませんが、
旧制高等学校や旧制帝大の流れを汲む学び舎では、
赤フンを締めた学生らによる行事が今なお受け継がれているようです。

そうした影響も多少なりともあるのでしょうか、
よさこいソーランのチーム、北海道大学「縁」は、
赤フンを締め上げた学生たちによる演舞が人気で、
全国的にも有名のようです。


私も名古屋で間近に拝見する機会に恵まれましたが、
彼らの持つ「弾けるような若いエネルギー」に引き込まれました。

息の合った、整然とした前半の演舞は壮観で、
特に女子学生の掛け声の大きさと笑顔には圧倒されます。

クライマックスに赤フン一つで舞台を越えて走り回る
男子学生のエネルギッシュさは、
作為を感じないありのままの姿。

その一方で、
あれだけ大きく動き、走り、跳ねまわるのですから、
赤フンにもそれなりの創意と工夫が仕込まれているように思います。

まさに「生(き)の美」を実体験しました。

褌の心得

時折汗ばむ、祭の季節が今年もやってきました。

先日、とある祭見物に出かけたのですが、
沿道からこんな声が聞こえてきましたので、ご紹介しましょう。

「わざわざ褌するんだから、考えなきゃな」

どうもその方は、褌を締めてお祭りに出ている方々への苦言を呈しているようでした。
見れば、彼らは「わざわざ」褌を締めているのに、どうも粋ではありません。

有志で和太鼓を打つにあたり、気合を込めるためでしょうか、褌姿です。
ところが、晒しの胴巻きの上から締めており、見た目が良くありません。
裸祭りでも普通は、褌を締めこんでから、胴巻きをするものです。

かたや、胴巻きはせず六尺一本の方もいるのですが、
こちらは先ほどの方と違って、鉢巻がありません。
これは複数でお出になるのであれば、祭の袢纏よろしく、
統一したほうが粋に感じるものです。

「筋肉があるならまだ、ね」

女性が立て続けに厳しい言葉を繋げます。
修練を重ねているでしょうから、体躯も良さそうな気がするのですが、
バチを振るうたびにブヨブヨと肉弾が揺れているようです。
勇壮な、切れの良い技芸を見せる場がむしろ台無し。
褌という布きれそのものが粋なのではなく、
褌を締めて臨む姿勢と支度、準備、過程こそが粋なのではないでしょうか?

しかも彼は、眼鏡をかけたままです。
眼鏡が悪いわけではありませんが、こういった場合、
わざわざ褌まで締めているのに、現代風の眼鏡をかけるものでしょうか?
どうも、アンバランスです。

かたやもう一人は、ひどく怪我をしているのに敢えての六尺姿です。
これはもう、痛々しいとしか言いようがありません。
なぜわざわざ、ここで傷を見せる意味があるのでしょうか?
もはや同情や感傷しか生まれないのです。
祭と言うハレの場であるにも関わらず。

褌は、あくまでも衣装そのものである体躯を誇示するための道具です。
魅せるべき衣装があるのなら、その方が間違いなく好い筈です。

あえて人目に裸を晒す意味があるのか、これは大いに疑問。
どこにも「粋」を感じることなく、私はその場をやり過ごしました。

むしろ際立ったのは、そんな彼らを周囲で盛り立てる10人ほどの若者たちです。
彼らが打てるのは、桶胴太鼓や小太鼓に限られています。

濃紺に染め上げられた真新しい長袢纏に、白抜きの名が鮮やか。
胸の高さまで晒を捲き、股引を履いて、
少し踵の出る草履選びも小粋。

先輩方が打ち鳴らす大太鼓に合わせて、
跳ね飛び掛け声を上げて盛り上げるのですが、
どの顔も、祭の喜びを如何なく表しています。
これこそが、祭の本来の姿でしょう

いつの日か彼らが、大太鼓を打つ日が来た時、
祭の粋を正しく継承して、よからぬ先輩方の轍を踏まずに進むことを祈るばかり。
褌は目的では無く手段です。
その美学を、深く理解なさることを強く望みます。

蘇民祭と褌

岩手県奥州市水沢区の「黒石寺」で行われた「蘇民祭」に
久方ぶりに足を運びました。

ご存知の方も多いと思いますが、
厳寒の東北での、非常にストイックなお祭りです。
参加する方々は早い時期から精進に入り、
肉食の一切を禁じるとのこと。

祭り当日は「夏参り」とも呼ばれる禊詣が行われ、
六尺褌一本の男たちが、
氷の張った瑠璃壺川を分け入って、水行と境内巡りを3度繰り返します。

氷点下10度前後の環境ですから、
どれだけの忍耐力と精神力が求められるのか、推して知るべしです。

寺の開基はおよそ千年に遡ると言われ、
原初的な雰囲気の中、燃え盛る火と水に清められる参詣者の姿は、
まさに祈りの心を体現したそのものです。

かつては何も身に着けない状態での参加もあったそうですが、
現在では褌などを各自準備して、晴れて参加になります。

附近の売店では、
黒の軍足と晒し木綿の六尺褌がセットで2,000円で売られていました。
かつては軍足ではなく、白足袋が売られているのを拝見したことがありますが、
参加者によれば、蘇民袋の争奪戦の際、
一般の方々の靴があぶないので、軍足になったのではないかとのこと。

しかしながら、地元有志の参加者団体の中には、
白足袋の下に草鞋を履いた、昔ながらの姿も目に付きます。

いずれ、極寒の夜を濡れた状態で歩くのですから、
その壮絶さたるや、筆舌に尽くしがたいのです。

また、今年は別の露店で、六尺褌のみが300円で売られていました。
ただし書きがついていて、3mに満たない短いものとのこと。

あるいは、「夏参り」でこの褌を締め、
争奪戦に先立っては、改めて別の褌を締めるのでしょうか?
今年は気温があまりにも低く、褌が乾かずに凍りそうだとの声もありました。

夜10時からの夏参りから、深夜の争奪戦へは結構な時間があります。
中には、褌を締めたままダウンジャケットを羽織り、長靴を履いて
仮設の「蘇民食堂」で蕎麦を啜り、甘酒とたき火で暖を取る人も見受けられました。

地元名物の濁り酒や日本酒も取り揃えられ、
争奪戦の直前には、この一献で気合を入れる向きもあるようです。

褌の締め方は、地元でオーソドックスな形、
つまり捩じったり巻きこんだりしない方が多かったように思います。

これも土日をを挟んだりすると、
全国各地からの参詣者により、それぞれの締め方が混在するようです。

ごく個人的意見を申せば、
褌の締め方が甘い、もしくは見よう見まねの締め方で心もとない方も多く、
それなりに、教えて差し上げる方が数人おいでになってもよかったのではないかと思いました。
褌ぐらい自分で締められなくてどうする、とお叱りのお言葉を頂戴しそうですが…

殊に、もはや褌が一般的なものとは言い難く、
さりとて今後末永いこの祭礼の保持は必務であり、
伝統文化伝承の一助として、関係者にはご検討を願いたいところです。

見物客には、若い男性が多数見受けられましたが、
彼らこそ、自ら志願して参加すべきもの。
その障壁が「褌の締め方」だとすれば、なお更です。

以前、私が伺った際に、地元の古老が厳しい表情で
「参加している友達を冷やかしに来るなら二度と来るな」と
20歳ぐらいの青年を叱っていたのを思い出しました。
あの彼は、ひょっとしたら今年の蘇民祭で
雄姿を見せていたのかも知れません。

ちなみに、現地で売られている褌には、寺号の朱印が押してあり、
意外なことに、300円の褌は晒し木綿生地ではありませんでした。

争奪戦の際に撒かれる護符(小間木)同様、
この使用された褌は妊婦のお守りとして有用だそうです。

寒い地域に、このような習慣が残っているというのは、
感慨深いものがありますね。

「締め込み」の美しい締め方

「締め込み」にも、様々な方法がある旨、お伝えしてきました。

伝統的なものだけに、ある一定の基準が定められていますが、
裏を返せば、これもある時期に大成された、創作であるとも言えます。

単なる下着の域を越えて、
人の目に触れて美しい締め方が考案されたのだとすれば、
その細部に亘る美学とは、日本人そのものの粋であるとも言えるでしょう。

かねてから、「標準的」とされてきた締め込みを検証するうち、
やはり「誰にでも美しく締められる方法」を追求したくなりました。

世にネットを通じた情報は溢れ、様々な方が六尺褌に触れる中で、
その代表選手とも言うべき「締め込み」の方法が、
いまだ速やかに伝わらず、多くの方々が困惑しているようなのです。

ここで、お勧めしたい締め方をご紹介します。
これは私の独自研究に基づく「締め込み」です。

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「しめ縄」のような自然な「よじり」が印象的です。
これには、一つだけ工夫があります。

縦ミツに布を絡めてT字部分をくぐらせとき、
どの部分にくぐらせるか、がポイントになります。

大概、右腰から来て右腰に戻る横ミツの、「⊂」部分を下からくぐらせるのですが、
これを敢えて上からくぐらせる事で、T字部分の位置が固定し、
縄状に絡んだ布がほぐれることがありません。

一度、お確かめになってはいかがでしょうか。

祭りの締め込み

「六尺(褌)が上手く締められない」という方がいらっしゃいます。

ここで語られている「六尺」とは、下着としての六尺ではなく、
ねじって締め上げるタイプの締め方、
いわゆる関東地方を中心に神輿を担ぐ際にする「締め込み」だと思います。
あくまでも晴れ着としての、公の場に立つ
この締め込みについて、ここではご説明していきたいと思います。

「締め込み」が上手く締められない理由は簡単。
3つの「向き」が明らかでないからです。

「布をねじる向き」
「体に巻きつける向き」
「布に布を巻き込む向き」


これを正しく理解すれば、簡単に締め込むことが出来ます。

ただ、あくまでも締め方には地域による多様性があります。
これに統一することの是非を問うものではありませんので、
予めご了解を願います。

手順を追って説明しましょう。
1、布をまたぎ、一方はあごに挟み、
  一方はお尻の割れ目に布を挟みます。(この部分を縦ミツと呼びます)
  この股下以後の布のねじり向きは、
  「上から見て時計回り」です。

2、ねじった布で腰を一周します。
  体に巻きつける向きは左腰、ヘソ、右腰で
  「上から見て時計回り」です。

3、尾てい骨部分で布を上からひっかけ右へ強く引き「T字」を造ります。
  「布(横ミツ)に布を巻き込み」ますが、
  この際は「横ミツの下からくぐらせて上、下から上へ」の向きです。

4、あごにはさんだ布を下ろし、
   「上から見て時計回り」にねじります。
  お尻の割れ目に食い込んだ布に巻き込みますが、
  必ず「お尻の右側から」布を差し込んで最低2回は巻きこんで下さい。
  さらに強く締めこまれることを感じるはずです。

5、布の端が縦ミツの下から左尻に出ている状態を確認します。
 
6、これをT字の右、横ミツの下からくぐらせ、右背中へ出します。
  T字の部分がY字にならないためです。

5、右背中に出た布の端を、T字の斜め下から巻き込みます。
  (横ミツ左側)

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締めあがりは、このようになります。
ポイントとしては、
・布をねじる方向を常に一定にする。
 (逆にねじると、布の巻き込み方も自ずと逆になります)
・美しく仕上げるために、お尻のT字をY字にしない。
 (Y字になる締め方はだらしがない締め方と評されます)

ただし、横ミツ左側の始末には賛否両論があり、
「布の両端が下から上に上がっていた方が威勢がいい」という評価と
「布の絡み方がいずれもしめ縄のように絡んでいた方がいい」という評価に二分されます。

前者は、江戸の鉢巻かぶりの方法をみると納得できるものですし、
後者は、見た目の美しさを考えると同意し得るものです。

いずれにしても、
お尻に食い込む「縦ミツ」の部分がしめ縄のような状態になっていないと
締め込みとしては成立していないと言えます。

また締め込みは「白が一番粋」とされています。
真新しいおろしたての、厚手上質の晒しを使うのは最低限の「洒落」です。

締め込みの粋を追求するには、
こうした細やかな「気配り」があってこそ映えるのです。
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六尺褌の視的効果

和太鼓奏者の「衣装としての六尺褌」について、
これまで幾度か述べてきました。

元来、日本の伝統文化の中に、
積極的に「六尺褌一本の裸身で太鼓を打つ」習慣は無かったように思います。
あるいは、熱気を放つために諸膚を脱ぐことはあったでしょうが、
明確に視覚的効果を狙ったこの演出は、
「見せる(魅せる)舞台」を意識した、新しい太鼓の文化です。

即ち「褌」は、
音の高低・重厚感・振動・リズムといった音楽的アプローチに、
「精神性」(一切の虚飾を捨て去り、文字通り裸一貫を潔く曝け出す)
「肉体性」(鍛錬に裏付けられた、強靭で美しい肉体を誇示する)
という、西洋音楽には日本独特の、
しかも伝統的ではないエッセンスを漏れなく加えています。

演奏を前に、私たちが観衆のごく一員であるとき、
取り囲む大勢の目が、たった一人の体へ一斉に向けられ、
奏者はその背中で、一身に重責を受け止めていることに注視しなければなりません。

袢纏や袴のデザインに修飾されることなく、
日頃培った肌と筋肉そのものが衣装となるプレッシャーは、
我々の想像を遥かに超えているに違いありません。


太鼓そのものが非日常的である上に、
褌を下着として育ったわけでもない若者が、
あえてその衣装を選び、勇ましくも独り、立ち向かうのです。

本来ならば違和感を感じてもおかしくない筈なのですが、
驚くほど日本的な風景を醸し出しています。

姿勢・居ずまい・バチの振り、
背骨や肩甲骨、臀部の動きまで目の当たりになる褌。
今から10年ほど前の新生・鬼太鼓座の舞台は、
若さがみなぎる華やかなものでした。

各地のお祭りでも、褌姿の太鼓奏者を目にしますが、
不思議なもので、太鼓の演奏が優れている奏者は、褌の締め方も様になっています。

「縦みつ」がズレていたり、グルグルに捲きつけた「横みつ」が見苦しかったりすると、
太鼓の演奏もおぼつかないように思えてしまいます。

どうか、新たに褌での演奏をお考えの方には、
くれぐれもご注意頂きます様に。

六尺褌の聖性

「締め込み」と聞いて、どんな褌を思い浮かべるでしょうか。

一般的には、
相撲で力士が締め上げる厚手のものを指し、
これは主に「山笠文化」を保つ九州を中心に一般化され、
むしろこれを「ふんどし」と呼ぶことが好まれないようです。

一方、関東地方、殊に三社祭で有名な浅草界隈では、
神社の祭礼で神輿を担ぐときに締めるふんどしを
「締め込み」と呼ぶのが一般的です。

この場合の締め込みとは、
下着としての六尺褌ではなく、
あくまでも「ねじり巻き込む所作」を伴うものです。
その締め方は慣れると簡単なものですが、
馴染みのない方々には非常に難解に思えるようです。

だからこそ、締め込みをきちんと身に着けることが誉れであり、
幼い頃から祭りに参加していることで、その熟練度も自ずと高まります。
従って、その高さは神への帰依の高さそのものでもあり、
信仰と絆を連綿と結ぶ「神聖な着衣」という認識が為されています。

そのため、締め込み用の布を越年して繰り返し使うことは尊ばれず、
あくまでも「おろしたて」の晒しを使うことが望まれるようです。
言ってみればこれは「神仏に近づくための衣装」ですから、
当然かもしれません。

各地の祭礼で用いられたふんどしが、
岩田帯として使われることによって安産のお守りになる、
という教え・考え方があるように、
「祭りの晴れ着として使用されたこと」に御利益を求めることは、
六尺ふんどしの「聖性」を表していると言えるでしょう。

このことは、単に布を浪費するのではなく、
物理的には洗い晒しのゴワツキを無くし、
心情的には夫婦間の繋がりを深め、
清潔と整頓を自ずと繰り返すための、一連の教えであるとも言えるのです。
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褌と鬼太鼓座

褌姿で和太鼓を演奏するスタイルは、
現在の「鼓童」が前身の「佐渡国鬼太鼓座」だった頃、
ある世界的に高名なデザイナーの提案によって生まれたと言われています。

当時の代表的奏者には、現在の第一人者でいらっしゃる林英哲氏がおられ、
後に「鬼太鼓座」という別の太鼓グループが生まれたのは、よく知られています。

現在の鬼太鼓座もそうであるように、
「向こう鉢巻に六尺褌一本」というスタイルは広く知られることとなり、
アマチュアの太鼓奏者やグループの中でも、
一部にではありますが目にすることが出来ます。

「前掛けに袢纏」という、江戸時代の職人スタイルで太鼓を打つのも、
あくまでも「伝統的」とは言えないものであり、
その意味で、この「鬼太鼓座」「鼓童」両グループの与えた
日本の太鼓文化への影響の大きさを改めて強く感じます。

また、その源にあった「田耕」氏の影響力・創出力・受容力に敬意を表したいと思います。

おそらくは、かつて祭を担ったのは庶民であり、
その記憶を呼び覚ますアイテムとしても、この衣装は比較的容易に受容されたのでしょう。
太鼓を打ち鳴らして、興が乗ると片肌を脱いで汗をぬぐう。
それでも暑さ(熱さ)に抗せず、もろ肌を脱いで太鼓を打つ。
玉の汗を掻きながら、一心不乱に打ち鳴らす太鼓の音。
日常から非日常への橋渡しを為す、太鼓奏者。
時に裸に近い状態となり、トランス状態となって
場内が「神と一体になる」原初的な祭りの姿に変貌したに違いありません。

現代の太鼓グループは、ステージの終わりに差し掛かると
一斉に衣服を脱ぎ、「鉢巻と褌」で舞台へ上がります。
まさにこの所作は、かつての祭りで展開されたであろう奏者の姿を
ソフィスティケイトさせたものだと私は考えます。

より若い奏者は静かに笛を奏で、また鉦を鳴らし
年長の奏者が一番高い、もしくは中央に出でるのを厳かに待ちます。
ここに私は、現在も地方の祭に残るような、厳しい秩序の維持を見ます。

かつての鼓童は、演者が舞台袖を出ると一度客席に頭を下げ、
駈けつけるように櫓に上ったものですが、
近頃の舞台を拝見しますと、この行程も簡略化され、
暗闇の中で櫓を上り、スポットライトの照射と共に演奏が始まるようです。

また現在の鬼太鼓座は、かつての「佐渡国鬼太鼓座」のように
客席に黙礼こそしますが、馳せ参じるスタイルではなく、
静かに大太鼓の前に進み、構えるようです。

鉢巻・褌についても、微妙な違いが見て取れます。

鼓童は鉢巻の幅が狭くなり、横ミツの幅が広がっている傾向があります。
(1.5~2倍になっているように見える)
鬼太鼓座は以前より鉢巻にボリュームがあり、前袋の幅がかなり広がっています。
(三角形が鋭角から鈍角になっている)
これは意識的なものではなく、メンバーの影響によるものが大きいのではないかと察します。

両グループのルーツが近似していながらも、
これだけ正反対の特徴が生まれていることには、興味を憶えます。

いずれにも共通していることは、
「音楽文化」へ発展を続けていて、見方によっては「土着性」が感じられなくなっていること。
言い方を変えれば、祭りの持つ良い意味での泥臭さであったり、祝祭性においては
一般のアマチュア太鼓の中にも、目を見張るような演奏を見ることができます。

逞しく鍛えられた体、無駄を削いだ精神を
魅せることを主眼に置いた「締め込み」ではありますが、
あまりに整然とした打芸に、何かが足りないような気もしています。

かつてあった祭りの危うさ、際どさのような
遊び心を採り入れてもらえないだろうか、と近頃思います。
例えば昔、田耕氏の生前の鬼太鼓座の演出が印象的です。

今から10数年前でしょうか。
新生・鬼太鼓座が始動したばかりの頃、
緞帳の向こうからしばらくの間太鼓が響き、
一向に幕の上がる気配がありませんでした。

言わば、日本での顔見世公演で、
よもや、幕開けの無いまま終わるハプニングか、と観客がざわめいた頃、
サッと上がった幕の奥に、六尺褌を締めた4人の若者の後ろ姿が並び、
一様に背中を汗で光らせながら、大太鼓に立ち向かっていました。

その足元には投げ出された袢纏があり、
観客の誰もが、予想外の演出に惜しみない拍手を送りました。

「佐渡国鬼太鼓座」では、大勢の前で裸を見せることに抵抗があった、という若者をいたようですが、
「新生・鬼太鼓座」のオープニングでの
一同揃っての合奏と褌は、羞恥心を越えて、
彼ら自身にも余裕と自信を漲らせたのではないでしょうか。

魅せることの妙を感じた、印象深い舞台でした。
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六尺と越中

「褌」を「ふんどし」と正しく読めない方が多いように、
「ふんどし」がどのようなものか、一般的な理解は残念ながら薄いと言わざるを得ません。

例えば「褌」には、極めて大きな分類として「締め込み」スタイルと「越中褌」スタイルがあります。

前者は文字通り、一枚の布を「締め込む」手間が掛かりますが、
後者は言わばこれを簡素化して、「留める(簡易に結ぶ)」ことで衣服としての体裁が保たれます。

近年、越中褌の良さが見直されています。
通気性が高く皮膚を傷めない、強い圧迫感なく寛げる、といった長所が、
近現代の下着(ブリーフ・トランクス・ビキニなど)に比べて際立っているためです。

このように、越中褌には六尺褌など「締め込み」スタイルの褌にはない良さがあり、
言わばこれは、「優れた下着としての良性」と言えます。

言い換えると、締め込み、殊にねじって巻きつけるタイプの褌は
下着というよりは一つの外装として機能しているのであり、
下着としての越中ふんどし、ハレ着としての締め込みが
混淆した理解を生んでいるのは、ぜひ正すべき現状です。

例えば、褌について理解の薄い人にとって、
市販されている「越中褌」を「締め込みスタイル」で着用する傾向が見られます。

実例として、越中褌は横ミツとなる部分をヘソのあたりで結び、
臀部(おしり)を全て覆い隠して股をくぐらせ、前に垂らしますが、
一部ではありますが、臀部を覆わずに、挟み込んで締め込み状にしている方がおられます。

しかしこれは全くの誤りで、
越中褌と締め込みが同じものだと視認しているから、だと考えられます。

越中褌に「緊褌一番」の様相は無く、
あくまでも、心意気を示す衣装は「締め込み」です。

薄れゆく日本の被服文化の動向を、注意深く見守り、
必要があれば正してゆく必要があるでしょう。

褌と鼓童

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鉢巻・褌姿での和太鼓演奏が知られる『鼓童』
鍛え上げ、極限まで絞り込んだられた肉体を誇示し、飾りのない姿は既に『生ける芸術』

仁王像や風神・雷神のような勇ましさは、現代においては既に『異形』ですらあります。

白装束たるその姿には、舞台に立つ演者としとの心意気が見て取れ、魅せることを強く意識した浄さが顕れます。

『向う鉢巻の締め方』にしても、額に当たる結び目を美しく、端を上向きに力強く仕上げています。

『褌』の締め方も数多くありますが、鼓童は腰部に結び目を作らず、またヨコミツに巻き付けません。

あくまでも布端を巻き込み、『衣装』としての高みに昇華されています。

男性の逞しさ・大胆さを際だたせる『武器』とも言えますが、興に乗じて両肌を脱いだ姿、という野性味はもはやそこに無いように思います。

鼓童の『褌』とは、現在を生きる青年が、伝統的楽器を打つ体当たりの姿そのものを、より緊張感をもって観客に見、聞き、共感してもらうためのツールではないでしょうか?

およそ、太鼓に褌という組み合わせは、実は伝統的とは言えないのですが、Tシャツにハーフパンツでは、やはり違和感を覚えます。

太鼓を魅せるための『支度』として、非日常を体現する褌。舞台に至る奏者は、否が応でも気合いが漲ります。

仄暗い漆黒の櫓の上に、全てを削ぎ落とした褌一つの青年が現れると、客席はどよめき、稲妻のような一打で、すぐさま沈黙が訪れます。

数多の太鼓奏者が憧れを抱く理由が、解るような気がします。
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褌の呼称



『褌』の締め方と言うと、近頃では専ら、『締め込み』が多いようです。

『締め込み』にも二通りの意味合いがあり、一般に相撲の力士が締める『まわし』を呼ぶことが多いようです。

一方、晒し木綿や手拭い生地を用い、祭礼などで、見せることを意識して締め上げた『褌』そのものも『締め込み』と呼ばれます。

逆に言えば、下着としての簡易な褌を『締め込み』と呼ぶことはあまりありません。

地域固有の呼び名は最優先されるべきですが、『締め込み』について誤解が生まれているようですので、筆を執りました。
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褌の素材



『褌』の素材と言えば、やはり一番に思い浮かぶのは『晒し木綿』です。

伸縮性はありませんし、滑らかな肌触りではありませんが、だからこそ『締め方の良し悪し』が試され、何より汗を吸い取る力に優れています。

褌に親しむと、色付きのモス生地を試したり、手拭いの和柄にこだわったり、様々なバリエーションを楽しむ方が増えると思うのですが、やはり最後には白の晒し六尺に帰結します。

シンプルさこそが最も粋に見える、そんな境地に達するのです。

晒し木綿にも様々なランクがあり、厚手の上質なものは、鬼太鼓座の褌のように締めた時も、祭の締め込みとして捻って締め込んだ際にも存在感があり、ひと味もふた味も違います。

そう言えば、かつて『鬼太鼓座』を創設された故・田耕氏は、座員が締める六尺に丹後縮緬を採り入れました。(田氏が亡くなったので、現在も使われているかは分かりません)

日本の伝統的太鼓を用いた表現者として、磨き抜かれた日本の文化を知る目的で、ということのようです。

暮らしの中に最高級の塗り椀を採り入れるなど、常に『本物』にこだわった田氏の姿勢が、太鼓奏者の褌に込められていたというのは、素晴らしいことだと思います。
縮緬の褌、シンプルながらまさに究極の贅沢とも言える逸品ですが、下ろしたての純白な晒し木綿にも、これに通じる美学を覚えます。
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褌と体躯



『褌が似合う男』とは、果たしてどういう方でしょうか?

恰幅のいい体つきとか、筋肉質だとか、想定される姿も様々あるかと思います。
確かに、六尺褌はいかにも男性的であり、いわゆる『男らしさ』を強調する衣装です。男性の勇ましさを体現する点で、そうした想定がなされるのは自然なことです。

言わば『下着』でありながら『上着』のようなポジションにあるのは、人目にさらされることを否定しない前提、即ち『男性の体つきそのものを衣服に見立てた意識』から来ているように思うのです。

裸を晒すことが否定されるようになったのは、西欧文明、キリスト教の価値眼が影響しているとも言います。

かつて、「飛脚」は着物の裾を端折り、上半身には刺青を入れて粋を誇示したそうです。

言わば長距離ランナーですから、引き締まった筋肉を人目にさらしながら、誇らしく街道を走り抜けたことでしょう。

思えば「飛脚便」を謳った運送会社も、長らく赤い褌がを締めた飛脚がシンボルマークでした。

ストイックな表情に、六尺褌は似合います。そして取り繕う必要のない頑丈な躰に、それを引き立てる役割として機能します。

褌が、ともすると「恥ずかしいもの」と捉えられる嫌いがありますが、それは締めた人自身に何かしらの「後ろめたさ」があるからではないでしょうか?

錬成を重ねた体に出会ったとき、むしろ鼓舞される意識に目覚める衣装、自信に繋がる衣服、それが六尺褌だと思います。
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褌の地域性



『褌』は、地域によって締め方が微妙に異なります。
祭礼により、また古式泳法の流派によっても締め方は様々。

ですから、まずは郷に入りては郷に従えで、それぞれに伝統に則った締め方を重視するべきだと考えます。
しかし最近、ネット情報の広がりで、一元的に「同じような締め方」が流布され、固定化しているように感じます。

例えば、「晒し木綿をねじる」という所作は、全国的にメジャーとは言い難いと思います。

また縦褌(タテミツ=お尻の割れ目に食い込む、布が縦になった部分)に布をよじる(縄状に巻きつける)のも、関東、特に江戸東京、下町によく見られた習俗ですが、他ではあまり見られませんでした。

逆に言えば、東京の祭礼ではこれ以外のスタイルはほとんど見あたりません。

しかし昨今、東北の蘇民祭などではこの「江戸東京流」が散見されるようです。最も、奇祭と呼ばれて注目を集めただけに、他地域から参加する方が増えた影響もあるのかも知れませんが。

蘇民祭では「蘇民袋争奪戦」はもとより、清めの儀式として水垢離が伴うため、激しい動きに耐える為、布の端の始末は、かつて腰部で結ばれた場合が多かったようです。

また、「ねじり・よじり」は水を吸った布がさらに締め付けるため、実用上は相応しくないのではないかと思います。

いずれ、地域に応じて固有に保たれてきた褌文化は、守っていきたいものです。
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褌の色彩



『褌』と言えば、「赤フン」「白フン」が代表格。

まさに晴れやかな「紅白」そのもの。白は神事、特に「清め」に関わる色彩。

かたや赤は、鮫除けという実用から派生して、海にまつわる場面で活用されます。

神輿を担ぐ町方も、近年では様々な染めを競いますが、一番は「白」が粋、とされます。

おろしたての晒し木綿を揃って締め上げる粋、半纏の端からチラリと覗く白の粋、神仏に捧げる誠や団結力、主張過ぎず退きすぎず、あらゆる節度と協調性をもって実現する作法が、「粋の粋たる所以」でしょう。
かたや、江戸時代に「真紅の縮緬」を揃って褌に締め上げ、神輿を担いだ鯔背な若衆の伝承があるそうです。

縮緬は当時大変な高級品。それを褌にして年に一度きりの晴れ舞台に出たことが粋。おそらくは、背に龍や菩薩を背負った輩もいて、鮮やかな色彩の妙に唸った向きも多かったでしょう。

江戸っ子が粋を競い、背伸びして得た評判。裸一貫に極限までシンプルを貫いた縮緬の六尺一つ。

今一度、この日本の美学に立ち返りたいものです。
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褌の威儀



『褌』は、『ハレの衣装』と成りうる衣服です。

江戸の昔、褌は貴重な布でした。祭で締める褌におろしたての晒しが用いられるのは、これが神前での正装であり、清新な気持ちの表れだったから。
これは、現在でも変わることはありません。

また、地域によっては「祭で締められた褌」を安産の御守りとして尊び、岩田帯にするところもあるのだとか。

神仏に近づくハレの衣装、だからこそ神聖視され、特別視される褌。

単なる「下着」ではなく、ハートやスピリットを帯びた鎧、衣冠束帯のような威儀を感じます。
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褌の規則性

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褌の巻きつけには「規則性」が必要。

画像は隙間なく固く巻きつけた褌ですが、T字部分の絡み方が美しくありません。

「螺旋(らせん)」は自然界を構成する要素。
規則的な螺旋が美しいと感じるのは、自然なことかも知れません。
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褌の隙間

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しっかりと捻る締め方の場合、やはりT字部分の仕上がりが決め手になります。
画像は失敗例。
タテミツに巻きつけた布を、交差した部分にくぐらせずにヨコミツに巻きつけたもの。

T字が綺麗に仕上がることが第一ですから、極力「隙間を作らない締め方」を心掛けたいですね。