褌の捻り向き

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ネット上で『褌』についての情報が数多く見受けられるようになりました。

ところが締め方も多様な上に、「ねじりの向き」が記載されておらず、分かり難いことがあります。

そこで、ここでは写真による図解を進めたいと思います。

まずは、ごく一般的な「締め込み」です。

図は、「体を軸に、捻りも巻きも時計回り」にした締め方です。

晒し木綿(全幅)で陰部を覆い、股間で捻り、腰から左手に廻し、右手から戻った布を腰の部分で引っかけ、また右に戻し、右ヨコミツに右廻りに巻きつけたもの。

タテミツに巻き込む時も、捻りと同じく右回りに締め、左ヨコミツに巻き込みます。

さながら「注連縄(しめなわ)」のように見えるように締め上げるのが、美しい締め方です。

巻き付ける向きが重要で、逆に巻き付けると「縄」のように噛み合わないので、注意が必要です。左右のミツの向きが合っていない締め方をよく目にしますが、注意したいところです。

T字のボリュームが気になりますが、これが基本的締め方。さらに違ったまとめ方も改めてご紹介しましょう。
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褌の捻り



『褌』の『捻り(ねじり)』の話。

なぜ褌をねじるのか(ねじる褌があるのか)、色々な見解があると思います。
ごく簡単に巻きつける褌と違い、明らかに『心意気を見せる為のもの』、文字通りの『締め込み』です。

何に似ているかと言えば、『注連縄(しめなわ)』そのもの。神事に臨む神聖な正装であることを窺わせます。

だからこそ、気になるのが『締め方』です。

『締め込み』が難しい原因は、布がうまく絡みつかないから。これは『ねじる向きが違う』という一点のみの理由に拠ります。

締め込みは、『綯う』要領で締め上げれば良いのですが…

最近、現代人が『縄を綯(な)う』という機会はほぼ無いでしょう。
『綯う』と言う言葉の意味さえ解らないかも知れません。

柔らかく叩いた藁を二束、束ねて、手のひらをこすりあわせるように捩(よじ)ります。その過程であの美しい『絡み』が生まれます。

二つの布がうまく組まず、一つの布にもう一方の布が絡みついているような締め方を見かけますが、これは見栄えしません。

ねじる際の注意ですが、右巻きにした布には右巻きにした布を、左巻きにした布には左巻きにした布を絡みつけるのが正解。

上手く行かない場合は、ぜひ、注意を払ってみて下さい。
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褌と鉢巻



『褌』と『鉢巻』、威儀を正すアイテムとしては絶妙の組み合わせです…

褌だけだと何となくしまりの悪さを覚えますが、鉢巻が備わると途端に『心意気』が伝わってきます。

ただし、その組み合わせに注意が必要です。

例えば『ねじり鉢巻』
これに合う褌は、同様に『ねじって締める締め込み』が妥当。

これは昔の町方が祭の際に気合いを示すために締め上げたスタイルなので、『向こう鉢巻』は合いません。言わば、『見せる衣装としての褌』です。
往時、褌は非常に貴重で高価なものだったようです。

『向こう鉢巻』は、ねじらず額に結び目を作る締め方で、元は武将が烏帽子を固定するためのもの。
武将は褌をねじらないので、布端も横ミツへ畳み込みます。

ねじる褌=締め込みは、締め方の加減が問われるので綺麗に締め上げているといかにも『粋』を感じます。
逆に、美しくないと『野暮』。締め方が難しいと言われる所以。

これに呼応する鉢巻は、結ぶのではなく両端を絡めて上向きに上げるのが『粋』とされます。

『向こう鉢巻』は、まさにこれから戦いに挑む武士の覚悟と、逞しさを感じさせます。

ねじらない褌は、後ろ姿を綺麗なT字にする難しさを伴いますが、サムライの気高い誇りを伝えます。

いずれにせよ、日本男児の美学を表象化したものに変わりありませんが、意外にあまり語られないので…。
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褌と太鼓



和太鼓を打つ晴れ舞台。
その『衣装』として、六尺褌を選ぶ方が増えているような気がします。

裸一貫、鍛え抜かれた体そのものを顕示する究極の晴れ着、それが六尺褌。これ以上に何を着飾っても、何の説得力もありません。

普段は消防に携わる方々の演ずる、和太鼓を鑑賞する機会に恵まれました。

筋骨隆々、メンバーの純白の褌に向こう鉢巻も勇ましく、志気を高め鼓舞するように、激しくそして美しく、目と耳から訴えられました。

本来、太鼓を打つのに褌を締める必要はないのかも知れません。しかし、細部にわたり躍動する筋肉が眼前に呈されるのは、圧倒的迫力を持ちます。

敢えて極限までさらけ出す覚悟、いたずらに飾り立てない潔さ、日々の鍛錬の成果を舞台で示す心意気としては、これ以上の衣装があるでしょうか?

六尺褌一つで打つ太鼓、これは組み合わせとしては最強だと思います。
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場違い褌



各地の『裸祭り』では、地域それぞれに締める褌が違います。

博多祗園山笠では、帆布からデニムまで。特に若い世代には、柔らかいデニムの人気が高いようです。


岡山の西大寺会陽では、半幅に折った晒しをロールして『巻きつける』ものが多い中、相撲まわしを締めるのは、上級者の証であるようです。

晒しをねじり上げて締めるのは、圧倒的に東京近辺。浅草界隈だと、若者の締め方もさすがに『粋』です。

裸参りの多い東北だと、『捻らないスタイル』が大勢でしたが、最近はネットの影響か、江戸・東京スタイルも散見されるようになりました。
もっとも、祭にもよりますが。

同じ『締め込み』と言っても、相撲まわしを呼んだり、捻るタイプの褌を言ったりします。
だからこそ、郷に入りては郷に従え。その土地の祭のスタイルを変えるべきではありません。

近頃、東北にこんな例があります。
晒し一反を使う、胴巻き付きの六尺褌が主流の『蘇民祭』で、相撲まわしをつけて参加する他地域の方々がいるようです。
これは、果たして如何なものでしょうか?

現地の方は寛容な心で迎えていらっしゃるようですが、いかにも不自然に思えてしまいます。

祭はあくまでも遊びではなく、神聖な地域の儀式。その土地とそこに生きる方々の尊厳を第一にすべきで、たかが褌、と言えども文化的な影響を及ぼしかねないという緊張感が必要でしょうね。
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布地論



ところで、「六尺褌」の「布幅」をどうしていますか?

歴史ある伝統的なお祭りなんかだと、晒し木綿そのままを使う「全幅」が「自然」だと思います。
が、ネット上ではファッション重視の「半幅」「三分の二幅」が散見されますね。

あくまでこれは「特殊なもの」だと思うんです。

「全幅」だと「余る」という人が居ますが、きつく締め上げると前には綺麗な三角形が出来上がるし、要は締め方の問題ではないでしょうか。

細く絞った半幅の六尺は、既に「Tバック」の域。「褌」とはまた、趣を異にします。

そもそも、晒しを縦に裂く、というのはあまり馴染みのない使い方。もっとも、趣味の領域の話ですが、
お祭りではちょっと浮いてしまいますね…

晒しにもランクがあり、薄手は捻る締め方、厚手は捻らない締め方が向いているようです。

柄物にも一度は手を伸ばしますが、やっぱり粋なのは白ですねぇ。

褐色の膚には、深紅が似合います。
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「六尺」の呪縛



「六尺褌」の「六尺」という言葉が、大きな誤解を招いている。

そもそも、この「六尺」は、昔の大工さんが使う一般的な尺ではなく、仕立て屋さんが使う「鯨尺」で言う長さだから、やや長め。

でも、それでも短い感は否めない。なぜか…?

現代人は、昔の人に比べてかなり体格がいい。だから短い。当たり前ながら、「六尺」の寸法にこだわるために不自然な褌が目に余る。

一方、スリムな平成男子は余った布の始末に困り、いわゆる「ユルフン」に到る。これがまた見苦しい。

「みんな違っていいんだよ!」

一枚の布が広げる小宇宙、褌の世界は奥深い。一人一人の長さは違っても、そこに貫いた精神性は変わらない。

さぁ、思い切って自分なりの長さにサラシを裁つことから始めましょう!
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褌って何だろう?

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「褌(フンドシ)」って何だろう?
今の世の中、いくらでも代わりはあるのに、お祭りなんかでしきりに目にする不思議なモノ。
必要不可欠とも思えないのに、なかなかどうして日本に生き続ける伝統衣裳。
そこには、ハート、スピリット、ソウルとも言うべき何かが内在している。



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